時間の使い方
スポーツの現場で、よく聞く言葉がある。 「試合を想定して練習しろ」 ゴルフなら、練習場でもラウンドをイメージして打て、と言う。 テニスなら、ただ打ち返すのではなく、相手を想定してポジションを取れと言う。 たぶんこれは、イメージの力が本番に大きく影響することを、練習に落とした言い方なのだろう。 要するに、試合でやらないことをいくら練習しても、本番では使えない、ということだ。
これは、スポーツだけの話ではない。 勉強にも、仕事にも、そのまま通じる。 英語の勉強を5年やっているのに、全然話せない。 ゴルフを長年やっているのに、100が切れない。 毎日仕事を山ほどしているのに、結果を出したのかと聞かれると、自分でもよく分からない。
やっている。たしかにやっている。 でも、どこに向かってやっているのかが怪しい。
同じ勉強時間なのに、いつも点数がいい学生がいる。 同じ練習時間なのに、常に上位にいる選手。 同期入社なのに、あの人だけが出世していく。
才能なのか。 努力なのか。 運なのか。
足が速い。 美人。 背が高い。 そういうことなら分かりやすい。
でも、なぜ彼や彼女だけがどんどん前に進んでいくのかと聞かれると、答えは難しい。 ただ、皆に平等に与えられているものが一つだけある。
「時間」
これだけは同じ。 時間の使い方が違うのか。 そう言われたら、たぶんそうなのだろう。 もし時間の使い方によって、結果が大きく変わっているのだとしたら(それしかない)、 今やっている、目の前のことから疑う必要がある。
これは、いま自分がやるべきことなのか? この勉強をするのは、テストの結果に影響するのか? この練習は、試合に直結しているのか? この仕事、上司は本当に求めているのか?
時間は、当てにいかなければいけない。 同じ1時間の練習でも、 試合に当たっている1時間と、 やった気分になる1時間がある。 テストに対して効果のある1時間と、 ただ頭が汗をかいて終わる1時間がある。
同じ1日でも、 評価につながる1日と、 忙しさに追われて終わる1日がある。 多くの人に足りないのは、努力ではなく、 その時間がどこに当たっているのかを見る視点なのかもしれない。
時間の使い方が変わると、 人生は少しずつ変わり始める。 時間は平等だが、時間の当て方は人それぞれだ。
