1993年から1996年までの3年間、僕はロサンゼルス・ベニスビーチに住んでいた。
当時のアボット・キニーというエリアにはまだチェーン店は少なく、ボードウォークにはスケーターやアーティスト、何をしているのかよく分からないけれど妙に格好いい人たちが、街に溶け込むように暮らしていた。
クロムハーツがまだ一部の熱狂的なファンに支持されるクラフトブランドだった頃。レストランでは、地元の食材を自由な発想で組み合わせる「カリフォルニアキュイジーヌ」が、新しい食文化として広がり始めていた。CGやInternetもまだ夜明け前。この街から、次のカルチャーが生まれる気配を僕は感じていた。
あれから約30年。
最近、自分が気になるものを調べていると、不思議なくらい、ことごとくLAにたどり着く。
レストモッド、スペシャルティコーヒー、本屋、コミュニティ。
ネットで調べれば情報はいくらでも出てくる。
でも本当に知りたかったのは、その場所に今も同じ空気が流れているのかということだった。
それは、自分で行ってみないと分からない。
30年前に好きだったLAは、今も残っているのだろうか。
その答えを探す旅が始まった。
1. ロケットを作る男は、休日にディフェンダーを作る。
今回最初に訪ねたのは、Karl Wessonのガレージ。
彼は、普段はSpaceXでロケットエンジンを開発するエンジニア。そして休日になると、ランドローバー・ディフェンダーを現代の技術で蘇らせるビルダーでもある。
ガレージには、製作途中のディフェンダーが何台も並んでいた。
完成車より、作りかけの車の方が多い。
工具やパーツが無造作に置かれ、ガレージというより研究室のような空気だった。
納車前の一台に乗せてもらい、PCH(Pacific Coast Highway)を走ってみる。ところが、走り始めてすぐハイウェイパトロールに止められた。
テスト車両なのでナンバープレートが付いていなかったからだ。
少し緊張が走る。
Karlがボンネットを開ける。
すると、警察官の表情が一変した。
「この見た目で、なんでこんなにスムーズなんだと思ったら……。」
そこからは職務質問ではなく、完全に車好き同士の会話になった。
何年式なのか?
どうやってエンジンを載せたのか?
どんなセッティングなのか??
好きなものには人の立場を一瞬で忘れさせる力があると、僕は実感した。
車内にもKarlらしさが詰まっていて、巨大なモニターはなく、音楽はMarshallのスピーカー。タコメーターもない。
その代わり、自分でiPhone用のアプリを開発し、エンジン回転数を表示させていた。
「Falconロケットのエンジンに比べたら、車のエンジンなんてシンプルだよ。」
そう笑っていた姿が忘れられない。
2. EVの父は、想像以上の"もの好き"だった。
次に向かったのは、Left Coast EV。
ここで会ったGregory Abbott、通称Reverend Gadgetは、15歳でゴーカートを自作し、テスラが誕生するずっと前からクラシックカーをEVへと蘇らせ続けてきた人物だ。
工房の屋根にはソーラーパネルがあり、リフトには黄色いポルシェ。
奥ではシトロエンDSが静かに順番を待っている。
どこを見ても、好きなものしか置いていない。
そんな彼の話を聞いているうちに、自然と笑ってしまった。
「この人、オタク中のオタクだな。」
流行だからではない。評価されたいからでもない。
20年以上、自分が面白いと思うことだけを積み重ねてきた。本人は、それが特別だとは少しも思っていない。だからこそ格好いい。
「好きだから続けている。」
話を聞いていると、それ以上の理由は見つからなかった。
3. パン屋は、一度大きくなりすぎた。
どうしても行きたかった店がある。
Tartine Bakery。僕が好きなお店トップ3に入るパン屋だ。
朝の店内には焼きたてのパンの香りが漂い、近所の人たちがコーヒーを飲み、犬の散歩帰りに立ち寄る人がいる。
特別な演出は何もない。でも、とても居心地がいい。
実はTartineは一度、大きな挑戦をしている。
巨大資本が入り、LAダウンタウンに約1,100坪もの大型店舗をオープンした。
結果は、わずか11か月で閉店。
そのことを知っていたからこそ、今のTartineを自分の目で見てみたかった。
現在のサンタモニカ店は約100坪。巨大店舗の10分の1以下だ。でも、このくらいの大きさが、この店にはよく似合う。
パンを買いに来る人。
コーヒーだけ飲みに来る人。
店員さんと世間話をする常連さん。
街の日常が、そのまま流れている。
パン屋は目的地ではなく、暮らしの一部なんだと改めて感じた。
4, コーヒーより、空気を持ち帰りたくなった。
旅の最後に訪れたのは、Echo ParkのCanyon Coffee。
今回のLAで、一番印象に残った店だった。
白い壁に木のカウンター。店の奥ではターンテーブルが回り、Soft Cellの『Tainted Love』が流れている。
そしてガラスケースには、どれも魅力的な焼きたてのペストリー。店内には甘く香ばしい香りが心地よく漂っている。
コーヒーを飲む前から、もうこの店が好きになっていた。
そして、トイレに並んでいると、地元の知らない男性がふと話しかけてきた。
「いいカメラだね。」
「この辺は撮りたくなるんです。」
そう返すと、
「丘を登ると夕陽が本当にきれいだよ。」
それだけ話して、彼は帰っていった。
何でもない会話だ。
でも、こういう時間が旅には残る。
店員は無理に話しかけない。
それでも、知らない人同士が自然に会話を始める。
コーヒーだけではなく、音楽も、空気も、人との距離感も
含めて、この店なんだと思った。
この特別な空気感を生み出しているのは、元モデルのAlly Walshと元ツアーミュージシャンのCasey Wojtalewicz夫妻だ。
2016年の創業当時、スペシャルティコーヒー界はダークで男らしい世界観が主流だった。しかし二人はその競争から降り、あえて陶器や本を扱うライフスタイルショップへ展開していく。
「カウンターを支配するのではなく、カウンターに馴染むようにデザインした」
有料広告には頼らず、デザインとコミュニティの力だけで成長を遂げた彼らは、10年でわずか2店舗という独自のペースを守り続けている。
面白いことに、Canyonの周辺にはオーガニック食材店やクラフトショップなど、質の高い店舗が自然と集まり始めている。
「大きくしないこと自体が、最大の競争優位になる」
VC(ファンド)の時間軸ではなく、店主と街の時間軸で育つブランド。広告を打たずとも、街そのものがメディアになっていく。このストリートには、次のカルチャーが芽吹く確かな気配が漂っていた。
30年前と同じ空気が、まだ残っていた。
今回出会った人たちには、共通点があった。
ロケットを作りながら車を作る人。
20年以上、クラシックカーをEVにし続ける人。
街のサイズに戻ったパン屋。
空気までデザインしてしまうコーヒーショップ。
誰も、「人と違うことをしよう」としているわけではなかった。
ただ、自分が好きなことを、自分のペースで続けている。
気がつけば、それは誰にも真似できないものになっていた。
30年前、ベニスビーチで感じた空気も、きっと同じだったのだと思う。
街は変わる。
建物も変わる。
店も入れ替わる。
それでも、ガレージの中や、小さなパン屋、コーヒーショップには、昔と変わらないLAがちゃんと残っていた。
今回の旅で探していたのは、新しい流行ではなかった。
好きなことを何十年も続ける人たちだった。
そして、その人たちは今も、この街のあちこちで、自分のペースでものづくりを続けている。
30年前に僕が好きだったLAは、そんな人たちのすぐ近くに、今もちゃんと残っていた。