LA特集 〜ユニークさを見つける旅 #3〜
実は僕は、1993年から1996年までの3年間、ベニスビーチに住んでいた。 あの頃のLAには、確かに独特の空気があった。
アボットキニー・ブルバード にはまだチェーン店がほとんどなく、ボードウォークには本物の変人たちが闊歩し、自分の手で何かを作っている人間が街のあちこちに普通にいた。
30年ぶりにじっくりと回った今回の旅で、僕が探していたのは結局、あの頃のLAに確かにあった
「自分の好きを、自分のペースで突き詰めている人たち」
だった。 そして見事に、そういう人と場所に何度も出会えた。
サウスセントラル、ワッツ地区の古い電球工場を改装した工房 「Left Coast EV(レフトコーストEV)」 で、その男に会った。
名は Reverend Gadget(レバレンド・ガジェット)。 本名は Gregory Abbott(グレゴリー・アボット)。
15歳でゴーカートを自作し、テスラがこの世に存在するずっと前から、たった一人でクラシックカーをEVに蘇らせ続けてきた男だ。
工房の屋根にはソーラー。 リフトには黄色のポルシェ。 奥ではシトロエン DS が、彼の手で電気で生き返るのを待っていた。
規模を追わない。 流行に乗らない。 20年間、ただ自分が「最高だ」と信じるものを、自分の手で積み上げる。
彼と話していると、初対面なのに同じ匂いがした。
好きなものを突き詰めていける人生は、それだけで十分に幸せだ。 Gadget は、それを当たり前のことのように体現していた。
LAの旅の最後に立ち寄ったのが、エコーパーク の Canyon Coffee(キャニオン・コーヒー)。
結論から言うと、今回のLAの店の中で、間違いなくいちばん気分を上げてくれた店だった。 注文したのは、浅煎りコロンビアのシングルオリジン。
白い壁に、温かい木の腰板。 ライトベージュの石のカウンター。 白い球体のペンダント照明。 屋外にはマットグリーンの椅子と木のベンチが並び、自転車で来た人、ノートPCを広げる人、ただ陽を浴びている人が、思い思いの距離感で過ごしている。
ガラスケースには焼きたてのペストリー。 カウンターの上には大きな花のアレンジ。 棚には手書きのような波線ロゴが入ったピンク、ベージュ、水色、グレーのコーヒー袋が並ぶ。
店の奥にはターンテーブル。 針が落ちている横には、Soft Cell(ソフト・セル)『Non-Stop Erotic Cabaret』のジャケット。 流れていたのは、もちろん Tainted Love(ティンテッド・ラヴ)。
気を遣わせない接客。 選び抜かれた音楽。 ほどよく雑然としたカウンター。 客同士が、いつの間にか自然に話し始めている。
トイレに並んでいたら、知らない男性に 「いいカメラだね」 と話しかけられた。 「この辺りは撮りたくなるんだ」 と答えたら、 「丘を登ると夕陽がすごく綺麗だよ」 と教えてくれた。
聞けば、エンジニアだという。 こういう、なんでもない瞬間に、人生は豊かになる。
Canyon Coffee を始めたのは、Ally Walsh(アリー・ウォルシュ)と Casey Wojtalewicz(ケイシー・ヴォイタレヴィッツ) という夫婦だ。 Ally は元モデル、Casey は元ツアーミュージシャン。
2016年、二人は $5,000 の貯金と $10,000 のクレジットカード枠だけを手に、自宅のアパートからこの小さなブランドを始めた。
当時のスペシャルティコーヒー業界は、マッチョで、暗くて、インダストリアルなトーンが主流だった。 袋には大きなロゴ。 棚では「俺が主役だ」と主張し合う競争。 Canyon は、そこから完全に降りた。
彼らが選んだ流通先は、コーヒー専門店ではなく、陶器や本やテキスタイルを売るライフスタイルブティック。
Ally の言葉を借りれば、
「カウンターを支配するのではなく、カウンターに馴染むようにデザインした」。
広告費はゼロ。 それでも、コミュニティとデザインの力だけで、年商7-figure(7桁)規模のブランドに成長した。 2022年にようやく、エコーパークに念願の旗艦カフェをオープン。 2026年初頭には、ブルックリンに2号店を出した。 創業から10年で、店舗は2つ。
それが彼らのペースだ。
街が引き寄せられてくる 不思議なことに、Canyon の周辺には、いつの間にか「良い店」が集まってきている。
すぐ隣には、オーガニックの食材店 Cookbook Market(クックブック・マーケット)。 徒歩2分のところには、LAのクラフトチョコレート文化を代表する The Chocolate Dispensary(ザ・チョコレート・ディスペンサリー)。 以前書いたけれど、
大きくしないこと自体が、最大の競争優位になることがある。
Canyon は、その実例だ。 店が、街を引き寄せている。 中目黒のgreenの周りに、いつの間にか良い店が集まってきたのと、構造はよく似ている。 「いつもストリートからお手本が生まれる」 Canyon は、その典型だと思った。
VCやPEファンドの時間軸ではなく、店主と街の時間軸で育つブランド。 広告を打たなくてもいい。 街そのものがメディアになるからだ。
EVを20年作り続ける Reverend Gadget。 $5,000の貯金から、自分たちのペースで世界観を磨き続ける Canyon の夫婦。 原点回帰を遂げた Tartine。 街ぐるみで個性を守るオーハイ。 104歳までろくろを回し続けた Beatrice Wood。 今回のLAの旅で出会った人と場所には、共通するものがあった。 それは、
自分の人生を、心の底から面白がっている
ということだ。
お金があっても幸せかどうかは分からない。 仕事で成功しても、スポーツで結果を出しても、それだけで幸せかどうかは分からない。 今回の旅で感じたのは、こういうことだ。 人生を面白がれるかどうか。 それこそが、幸せに生きるということに限りなく近い。
規模ではなく、深さ。 流行ではなく、自分の声。 誰かのお手本ではなく、自分の手で作る毎日。 30年前、ベニスビーチで見ていたあの空気は、形を変えながら、今もこの街に確かに息づいていた。
LA特集、ここで一旦締めくくります。 次の旅でも、またユニークな人と場所に会いに行ってきます。
