インドネシアコーヒー、この10年の話
10年前、カカオを探しにアジア各国を回っていた。 その頃のインドネシアは、カカオもコーヒーも、正直そこまで印象に残らなかった。 僕の中で「インドネシアのコーヒー」は長いこと脇役だった。
スマトラのマンデリンは知っている。 あの土っぽくて重い、独特の味。嫌いじゃない。 でも、自分でカフェをやるようになり、毎日カップを並べて、お客さんに「今日の一杯」を出す側に回ると、選ぶ豆は自然と変わる。
明るくて、クリーンで、フルーティーで、笑える豆。 そういう豆を探していると、インドネシアは不思議と候補から外れていく。
「重い」「土っぽい」「個性的」という印象で、スペシャルティコーヒーの会話では中央打線に入ってこない。
エチオピア、コロンビア、ケニア、グアテマラ、コスタリカ。 そういう常連の影に隠れている感じだった。
ところが、この数年で空気が変わってきている。 インドネシアは世界4位のコーヒー生産国。 生産者の98%が小規模農家で、その数は約177万人。
パンデミック以降は国内消費が一気に伸び、いまでは世界有数の消費国になっている。
何が起きているかというと、 インドネシアは「輸出する国」から「自分たちで飲む国」に変わった。
これが大きい。 自分たちが飲むようになると、当然品質に厳しくなる。 国中の若い世代がカフェに通い、ローカルチェーンが急成長する。 ジャカルタの空気は、10年前とまったく違う。 そしてその流れの中で、静かに面白いことになっているのがバリ島だ。
バリ島の北、火山のふもと、標高1,300〜1,600m。 そこにあるのがキンタマーニ高原。
ここには約3,000軒の小規模なコーヒー農家がいて、MPIG という協同組合を作っている。 このキンタマーニが面白いのは、 インドネシアで初めて地理的表示(GI)を取得したコーヒー だということだ。 2008年、登録番号は IDIG 000000001。 1番だ。
シャンパーニュやボルドーのように、「この地域でしか名乗れない」という考え方を、インドネシアのコーヒーで最初に形にした場所でもある。
これを仕掛けたのが I Ketut Jati さん。 20年近くかけて品質を揃え、農家をまとめ、認証までこぎつけた人だ。
僕がここに惹かれたのは、 ひとりの巨大農園ではなく、3,000軒の小さな農家が組合で支え合っている構造にある。 これ、新しい時代のものづくりだなと思った。
ここで少し正直に書く。
「キンタマーニは世界最高のコーヒーですか?」 と聞かれたら、答えは No だ。 SCAのカッピングスコアでいえば、だいたい83〜86点。 スペシャルティの基準は超えているけれど、最上位ではない。 インドネシア国内でも、アチェのガヨや南スラウェシのトラジャの方が、スコアでは上位にくることが多い。
じゃあ、キンタマーニの何がいいのか。 味で言えば、シトラスとフローラル。 オレンジ、レモン、少し紅茶っぽいニュアンス。 ダークチョコのような余韻。
重くない。土っぽくない。明るい。 「インドネシア=重い」というイメージを、ふわっと裏切ってくる。
V60で淹れると、すっと抜けて、ちゃんと甘い。 これ、店で出すならかなり使いやすい豆だと思う。 スコアでいえば最上位ではない。
でも、物語と仕組みと個性が揃っている豆 は、実はそんなに多くない。 インドネシア初のGI。 3,000軒の小規模農家による協同組合。 スマトラとは真逆の、クリーンで明るい味。 ここまで揃うと、シングルオリジンとしてちゃんと立つ。
世界最高スコアを狙うなら、別の産地に行けばいい。 でも、再現性のある仕組みと、独自性のある味を語るなら、キンタマーニはかなり強い。
スコアは一杯の点数だ。 でも構造は、10年、20年と続いていく。 最近は、カップスコアより構造の方が、長期的には価値が高いんじゃないかと思っている。
ということで、ブラジルから帰ってきたら、次はバリに行くことになると思う。
キンタマーニの山を歩いて、農家を訪ねて、I Ketut Jati さんに会えたら会って、MPIGの人たちと話して、収穫の現場を見て、できれば一緒にカッピングして帰ってくる。
何か仕入れることになるか、ならないか。 それはまだ分からない。
でも、「行って、見て、話す」を飛ばすと、結局なにも始まらない。 それは、カカオハンティングで何度も学んだことだ。
前にここで書いた、ボリビアでカカオの森を歩いた話。 あの感じが、バリでも待っている気がしている。
お楽しみに。